舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』体験記

2021年の夏から上演されている『ハリー・ポッターと呪いの子』。今や知らない人はいない映画『ハリー・ポッター』シリーズの後の物語だ。映画にはなっていない舞台完全オリジナルということで、8月に初めて見に行った。このコラムでは、私の感想をふまえて紹介する。

8月に行った回のハリー役は藤原竜也。公開して数日しか経っていなかったからなのか、観客もキャストも熱量がすごかった。「マジックショーみたいだね」と話している人たちも多かったくらい、本当に仕掛けがわからない。「仕掛けがない魔法なのかもしれない」とも思ってしまうほど。

そして、今回見に行ったのは向井理がハリー役の回。L2という前の方の席が取れた。途中の会場で起こる仕掛けや、キャストたちの生の表情もよく読み取れた。キャストも前回とはほとんど違って、また新しい「呪いの子」を見ているようだった。

どうしても映画から『ハリー・ポッター』シリーズに入ってしまっている私は、映画のキャストと舞台のキャストを無意識に比較してしまっていた。それでも、物語が進むに連れて、舞台としての「ハリー・ポッター」にのめり込んでいった。藤原ポッターは、「父です!」という威厳と力強い愛を感じ、向井ポッターには少し冷静で知的で不器用な父親を感じた。

石丸ポッターはどうなっているのか、新たに発表された藤井ポッター、大貫ポッターも気になるし、今からチケットを探してみようかなと思っている……。

シアター前のタイムターナー

『ハリー・ポッター』シリーズの大きな主軸となっているのは「家族」と「愛」であることは言うまでもないだろう。ハリー、ハーマイオニー、ロンのそれぞれに家族の物語があり、最終的に3人は家族になる。ヴォルデモートに足りなかったのは愛である。『ファンタスティック・ビースト』シリーズでも、こじれた家族の形が悪へと導く瞬間が描かれている。

『呪いの子』は、ハリーたちの子供がホグワーツに通い始めるシーンから始まる。そして早くも、ハリーの息子・アルバスとドラコの息子・スコーピウスは、親に対する劣等感や疑惑を語る。不器用なハリーたち親世代も、思春期の子供たちとの関係に苦労する。魔法界の救世主たちを持ってしても、親子の形はマグルの私たちと何ら変わりないのだ。